2011年05月11日

第二次大戦時と現状の重なり

小熊英二(2002)『<民主>と<愛国>:戦後日本のナショナリズムと公共性』新曜社、を読み始めた。

小熊さんは戦時中の陸海軍間のセクショナリズム、各軍内部のセクショナリズムに触れつつ、大井篤『海上護衛戦』(初版1953)からこんな一説を引いている:

  ・・・事務当局は二手に分かれて、情勢判断を起草する組と、政策事項を起草する組とになって  いた。本当なら、情勢判断に基づいて政策が生まれるはずなのだが、両者並行して起草するか   ら、情勢判断が決まらないうちに、政策が決定してしまった。いや、本当は、「こんな決定をし  なければならないから、御前会議を開いてもらおう。御前会議を開くとなれば、情勢判断を提出  せねばならぬ」という具合であった。結論が先で、判断は後であった(大井 1953[1992]: 130-  131)。

そして即座にこう付け加えている:

  こうして、決定済みの政策に合わせて、情勢判断のほうを楽観的に書きかえる作業が行われた。  しかし敵側は、その通りには動いてくれなかったのである(31)。

なんだか、福島原発への対応が後手後手に回り、状況を楽観的に「書きかえる」政府・行政・東電のことを言っているみたいだ。いや、正確には福島原発事故に至る原子力行政・産業そのものを言い当てているとすら感じる。重大な事故、もしくは破局的な事故に至る可能性を持つ事故を過小評価するなど、都合の悪いことを闇に葬り、都合のよい形に「書きかえ」ながらもたれ合う構図。「決定済み」の原子力推進政策があり、その政策の邪魔にならないように「状況判断」をする。もちろん学者を含め推進側として関わる人たちはその「ビジネス」から甘い汁を吸うわけだから、そのような立場・視点から「事実」を解釈する。

そして事故が起きてしまい、非常に深刻で情報の有無や有効的対応策の有無が死活問題であるときに、電力会社・保安員・経産省・文科省などが合同で記者会見を開くことをしない。重要な質問が出ても答えられない。何でも「想定外」で片付けようとする。そもそも、都合の悪いことは想定してこなかった。真剣に想定しようとしていたら、原子力行政・産業など成り立たないからだろう。ただただ細い綱をこれまでは運良く渡っていただけなのかもしれない。運がよかったからこれまでは「想定内」で言いくるめこれただけ。

しかし、「敵側=原子力発電所は、その通りには動いてくれなかったのである」。
posted by タネ at 03:07| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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